チョルノービリ事故から40年、医師が訴える長期観察の重要性
史上最悪の原子力災害とされる旧ソ連ウクライナのチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故から、26日で40年を迎える。長野県内の市民団体を通じて現地への医療支援を継続してきた作家で医師の鎌田実さん(77)は、東京電力福島第1原発事故の経験と重ね合わせながら、チョルノービリを長期にわたって観察し続けることの重要性を強く訴えている。
被ばく被害の「見える化」に取り組む
鎌田さんは名誉院長を務める諏訪中央病院(長野県茅野市)で取材に応じ、「チョルノービリ事故当時に5歳だった子どもは、今では45歳になっています。今後、がんを発症する可能性も十分にあり、早期発見できるかどうかは予断を許さない状況です」と語った。その言葉には、長年にわたる現地での医療活動から得た深い洞察が込められている。
鎌田さんが特に力を入れてきたのが、被ばく被害の「見える化」である。1991年には有志らと共に日本チェルノブイリ連帯基金(長野県松本市)を設立し、ウクライナやベラルーシに計101回もの医師団を派遣。現地では触診や血液検査などを実施し、被災者の健康状態を詳細に記録してきた。
福島原発事故への経験の応用
この貴重な経験が生かされたのが、国際評価尺度でチョルノービリと同じ最悪の「レベル7」に分類された2011年の福島原発事故であった。同基金は福島県を中心に、健康不安を抱える住民向けの検診や、食品・土壌の放射線測定に積極的に取り組んだ。さらに、住民の心理的ストレスを軽減するための支援活動も展開し、チョルノービリでの知見を基にした効果的なアプローチを実践してきた。
鎌田さんは「私たちはチョルノービリの経験から、どのように支援すべきかを既に理解していました。福島に25年先行して起きたチョルノービリ事故の被災地を丹念に観察し続けることが、今後の日本にとって不可欠なのです」と強調する。
ウクライナ侵攻による医療支援の中断
しかし、2022年以降はロシアによるウクライナ侵攻の影響で、現地への医療団の派遣は中止を余儀なくされている。事故後に移り住んだウクライナ各地の被災者たちも、ロシア軍の攻撃によって甚大な被害を受けている状況だ。
鎌田さんは「原発事故によって故郷を捨て、やっとの思いで新たな生活を築いてきた人々が、今度は戦争によって再び疎開を強いられるという悲劇が起きています」と嘆く。
世界的な原発回帰の動きへの懸念
皮肉なことに、ウクライナ侵攻に伴う世界のエネルギー需給の逼迫、そして2月末からの米イスラエルによるイラン攻撃の影響も相まって、日本を含む各国で原発の再評価が進んでいる。経済危機や燃料危機が発生すると、原発建設を再開しようとする動きが顕在化する傾向にある。
鎌田さんは「本当にそれでいいのだろうか」と疑問を投げかけ、原発回帰の動きに対して強い不安を感じている。長年にわたる被災地支援の経験から、原子力災害の長期にわたる影響と、その観察の重要性を改めて訴えている。
チョルノービリ原発事故の概要
1986年4月26日未明、4号機の原子炉が制御不能となり爆発。大量の放射性物質が北半球の広域に降り注いだ。ソ連政府は半径30キロ圏内を立ち入り禁止区域と指定し、約13万人を強制避難させた。その後、4号機を覆うコンクリート製の「石棺」が急造され、2016年にはさらに鋼鉄製シェルターで覆われた。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻開始後は、一時的にロシア軍に占拠される事態も発生している。事故の深刻度を示す国際評価尺度(INES)は、東京電力福島第1原発事故と同じ最悪の「レベル7」に分類されている。



