病院の子に笑顔を届けて20年、活動は全国へ「まだ十分ではない」名古屋市の日本ホスピタル・クラウン協会
病院の子に笑顔を届けて20年、活動は全国へ

赤い鼻とカラフルな衣装を身に着けたクラウン(道化師)が、小児病棟を笑いで包む活動が日本で始まって20年が経過した。NPO法人日本ホスピタル・クラウン協会(名古屋市中村区)は、5月30日で法人化から20周年を迎える。定期訪問する病院は全国に広がり、病気と向き合う子どもたちを笑顔にしている。

クラウンのパフォーマンスが子どもたちに笑顔を届ける

今月中旬、浜松市中央区の聖隷浜松病院では、クラウンのまーたんさんとりぃずさんが小児病棟のプレールームにいた女の子(1)に明るく声を掛けた。まーたんさんは赤い袋を取り出し、中身がないことを見せてからハンカチを入れ、「ちちんぷいぷいのぷい!」とコミカルに呪文を唱えると、ハンカチが黄色いヒヨコに変身。細長い風船を膨らませてねじり、花や動物のバルーンアートをプレゼントした。10分ほどのパフォーマンスに、女の子は目を輝かせて笑みをこぼした。

付き添う母親(27)は「ずっと病院にいて治療が中心の生活。楽しい時間が少ないので、娘はとても喜んでいた」と話した。病棟保育士によると、子どもたちは「きょうはクラウンさんが来る日だね」と心待ちにし、帰った後もベッドの上でバルーンアートを眺めて楽しく過ごしているという。

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米国発祥の活動を日本で開始、法人化から20年

同協会理事長の大棟耕介さん(57)は、米国でこの活動に触れ、「日本でもやりたい」と2005年に会を設立、2006年5月に法人化した。自身も「クラウンK」として活動する。「病気は治せないが、プロのクラウンとして笑顔を届けたい」と語る。子どもの体調や反応に合わせてパフォーマンスを披露し、入院して笑顔が消えた子が笑い、親から泣いて感謝されることもある。

活動は病院から被災地、海外へ

活動は病院だけにとどまらない。東日本大震災や熊本地震、能登半島地震の被災地には、これまで約700回訪問した。また大棟さんらは、ロシアによる侵攻を受けるウクライナや、多くの避難民がいるポーランドにも足を運んだ。長年の精力的な活動が評価され、大棟さんは2023年に世界道化師協会の最高の栄誉とされる「レガシー・オブ・ラフター(笑いの遺産)」を受賞した。

国内での認知度向上と今後の目標

欧米では文化として根付きつつあるホスピタル・クラウンだが、国内での認知度はまだ高くない。定期的に訪問する病院は首都圏や愛知、静岡、石川県など全国約100カ所、クラウンは研修生を含めて約170人になったが、それでも「まだ十分ではない」と大棟さん。目標は200カ所の病院に月2回訪問、クラウンは300人だ。

活動費は企業や個人からの支援で賄う。「クラウンのいない県がいくつかある。地元のクラウンが訪問し、地元の企業が支援する形にしたい」と大棟さんは語る。多くの子どもに笑顔を届けるため、協会の歩みは続く。

ホスピタル・クラウンとは

クラウンの姿で入院中の子どもたちを訪ね、手品やバルーンアート、ジャグリングなどで楽しませる活動。米国の医師が始め、1980年代から欧米を中心に広がった。1998年公開の実話に基づく映画「パッチ・アダムス」は世界的ヒットに。国内でも少しずつ認知され、2008年にはテレビドラマ「笑顔をくれた君へ 女医と道化師の挑戦」が放送された。

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