所持金わずか4円…PTSDに苦しむ女性が直面した生活保護制度の現実
昨年12月中旬、あるメッセージが記者のもとに届いた。「裁判所の人が今日、差し押さえに来ました」。以前取材した女性(62)からの連絡だった。添付された写真には、カードローン会社名が記された書類が写っていた。この瞬間から、女性の苦悩に満ちた現実が再び浮かび上がってきた。
「はーい」という明るい声の裏にある深刻な状況
メッセージを受け取って2日後、記者は都内の女性宅を訪れた。カフェや雑貨店が立ち並ぶおしゃれなエリアに位置する静かな住宅街。一見すると豊かな生活を送っているように見えるこの一軒家で、女性は深刻な困窮状態にあった。
呼び鈴を押すと「はーい」という明るい声が返ってきた。4年ぶりの再会にもかかわらず、女性は笑顔で記者を迎えてくれた。しかし、その表情には疲労の影がくっきりと刻まれていた。体重は2年間で8〜9キロも減少していたという。
取材時、女性の財布には1円玉が4枚しか入っていなかった。以前は300万円ほどあった借金は、病院での仕事で少しずつ返済し、100万円以下まで減らしていた。しかし最近、仕事を休職してしまい、返済が滞っていた。
暴力被害とPTSDの発症が転機に
休職のきっかけは、近くに住むきょうだいの男性の存在だった。自宅を訪ねた際に口論となり、執拗に殴られる暴力を受けた。鼻や頰の骨を折る全治3週間の重傷を負い、その後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症。外出することさえ困難な状態に陥った。
「被害届を出そう」と考えたこともあったが、男性の家族を思うと踏み切れなかった。不安と悲しみに押しつぶされながら、雑貨をリサイクルショップで売るなどして、なんとか生き延びていた。
記者が訪れた日、女性は小麦粉に水を混ぜて温め、塩をかけて少しずつ食べていた。裁判所が差し押さえるべき財産は、もはや何も残っていなかった。
生活保護申請の前に立ちはだかる「資産活用」の壁
公的支援が必要だと感じた記者は、生活保護の申請を勧めた。しかし、そこには大きな問題が待ち受けていた。
社会福祉協議会に相談した際、まず自宅の売却を勧められた。この一軒家は亡き両親が残してくれたもの。長年連れ添った猫もおり、飼育可能な賃貸住宅を見つけなければならない。PTSDなどの精神障害を抱える女性にとって、引っ越し先を考えること自体が大きな負担だった。
親戚の遺産を相続する予定があり、障害年金の申請も検討しているという。受け取りを待つべきか、それまで耐えられるか…。民間支援団体に女性をつなぎ、食品の提供を受けることしかできなかった。
「もっとかわいそうじゃないと助けられない」という制度の矛盾
昨年末、女性から再びメッセージが届いた。社会福祉協議会の職員が来て、自宅の売却や引っ越しを強く勧められたという。
女性はこう語った。「残された資源を生かすのではなく、被支援者を支援しやすい形にそぎ落とし、都合よくデザインしてから手を差し伸べる。もっとかわいそうでないと助けられない、あなたに死んでほしくないからと」
さらに続ける。「支援されると、無条件に受け入れなければならない。何も失わずに『自分の好きなスタイルで救済されたい』のは単なるわがままで、『そういうところやぞ』とジャッジされる。全ては善意のもとに」
いつも明るく振る舞っていた女性の言葉から、精神状態が限界に来ていたことが伝わってきた。
制度の網目からこぼれ落ちる人々
ある役所のケースワーカーに意見を求めたところ、「生活保護の手前に支援制度があればいいが、現状の制度では自治体でかなりのばらつきがある」という回答が返ってきた。
制度の隙間からこぼれ落ち、苦しんでいる人々は後を絶たない。女性の言葉への明確な答えを、記者はまだ持ち合わせていない。絵を描くことが好きだったという女性の手には、今もペンが握られているが、その手が自由に動く日が来るのかどうか。
この事例は、単なる個人の困窮ではなく、社会福祉制度そのものの課題を浮き彫りにしている。支援を受けるための条件が、かえって被支援者を追い詰めるという逆説的な状況。東京の住宅街で静かに進行するこの問題は、私たちの社会全体が向き合うべき課題として立ち現れている。



