ガザで日本人医師が目撃した希望の光 やけど手術後の無事出産と焦土の日常
ガザで日本人医師が目撃 やけど手術後の無事出産と希望

破壊されたガザで芽生える希望 日本人医師が記す戦火の日常と命の輝き

国境なき医師団の医療支援活動で、昨年12月11日にパレスチナ自治区ガザに入った福井県済生会病院の外科医、小杉郁子さん(57)。活動拠点である南部ハンユニスのナセル病院での日々を通じて、戦闘で荒廃した地域の現実と、そこに生きる人々の姿が次第に見えてきた。

手術後の奇跡的出産 焦土に響く産声

妊娠35週の女性が、爆発や爆撃に巻き込まれ、顔や手足に深刻な熱傷を負って入院していた。12月21日午前、腰椎麻酔と鎮静剤を投与し、右足への皮膚移植手術が無事完了した。医療チームが次の手術準備を進めていると、突然「女の子が生まれたよ!」との報告が飛び込んできた。

手術室から病室に戻った女性は、その直後に産気づき、数時間後に健康な女児を出産。出産予定日までまだ時間がある状況だったが、麻酔や手術が母体にストレスを与えた可能性も考えられる。しかし、この女性は3人目の出産であり、お産は順調に進んだという。

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隣の建物では、別の医療チームが産婦人科と新生児集中治療室をサポートしており、生まれたばかりの赤ちゃんは速やかに適切な処置を受けることができた。破壊と混乱が続くガザで、新たな命が無事に誕生した瞬間だった。

戦闘の傷跡と医療現場の現実

病院には、戦闘の影響を受けた多くの患者が運び込まれている。2、3歳の子どもがやけどの手術を受けた後、両親が迎えに来た時には、抱きかかえた子どもを見てほのかな笑顔を見せた。2年に及ぶ戦闘で焦土と化した土地での生活にも、人々は完全に希望を失っているわけではない。

14歳の少女患者は、額に1円玉や500円玉ほどの大きさのやけどが無数にあり、髪の毛には汚れや血の塊がこびりついていた。ガーゼ交換をしていると、男性看護師が「髪もだいぶ汚れちゃっているから、今洗おう」と声をかけ、せっけんで丁寧に洗い流してくれた。どんな過酷な状況でも、患者への細やかなケアを忘れない医療スタッフの姿勢に、小杉医師は深く感銘を受けた。

少しずつ戻り始める日常の営み

2025年10月のイスラエルとイスラム組織ハマス間の停戦発効以降、物流状況はわずかながら改善されている。物価は以前の約6分の1に落ち着き、例えばインスタントコーヒーの大瓶が、戦争中は200シェケル(約9800円)だったものが、現在は30シェケル(約1500円)まで下がった。

水、燃料、電気、食料の多くをイスラエルにコントロールされているため生活は依然として厳しいが、現地の人々は「戦争中よりかなりまし」と口にする。市場や店舗に商品が並び始め、消費活動が戻ってきたことで、ごみも発生するようになった。

病院と宿舎を往復する車窓からは、毎日道路掃除やごみ収集に従事する人々の姿が見える。路上に散らばったごみをほうきや熊手で集め、やせたロバが引く荷車に積み込む作業を続ける彼らは、目が合うたびに笑顔で手を振ってくれる。生活を支える者としての誇りや、生きがいを持って働く姿が印象的だ。

教育への渇望と若い世代の希望

父親が整形外科病棟に入院している女性が、病院の廊下で小杉医師に話しかけてきた。大学1年の時に戦争が始まり、授業が中止されたという。「英語の勉強もしていたけど、それも今はできなくなって…。将来はITの仕事につきたい。状況が落ち着いたら勉強を再開したい」と語る彼女の目には、学び続けたいという強い意志が輝いていた。

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朝夕の時間帯には、キャラクターもののかわいらしいリュックや、日本のランドセルのようなかばんを背負った子どもや若者を時々見かける。私立学校では授業が再開されていると聞き、どんな状況でも教育が重要であることを改めて実感する。若い世代の学びたいという気持ちを妨げてはならないと、小杉医師は強く感じている。

破壊と再生の矛盾に向き合って

ガザに到着した直後は、軍事力による破壊のすさまじさにただ驚くばかりだった。それまであったものが消え、なかったものが現れる光景に衝撃を受けたが、活動を始めて10日余りが経過すると、同じ光景にも次第に慣れてきた。

何かを作り上げるには長い時間と努力が必要だが、破壊は一瞬で起こる。これまで人類が何度も大きな戦争を経験してきたにもかかわらず、再び同じ過ちを繰り返す理由は理解し難いと、小杉医師は日記に記している。

国境なき医師団は1971年、ナイジェリア内戦での国際赤十字援助活動に参加したフランス人医師やジャーナリストらによって設立された。非人道的な惨状を目撃し、国際赤十字の「沈黙の原則」を破って政府軍による市民への暴力を公に非難したことがきっかけとなっている。現在では世界75カ国・地域で活動を展開し、約5万2千人が医療スタッフとして、あるいは物資調達や施設管理、人事・経理などの分野で参加。1999年にはノーベル平和賞を受賞した。

日本事務局は1992年に発足し、毎年約100人のスタッフが数カ月から1年ほどの期間で世界各地に派遣されている。国際社会に現状を伝える「証言活動」も、同団体の重要な活動の柱の一つとなっている。