12年ぶりの奉納公演に意気込む保存会
福井県小浜市和久里区に伝わる「和久里壬生狂言」(国選択無形民俗文化財)が、4月17日から19日までの3日間、同市の西方寺で12年ぶりに奉納公演を開催する。本来は6年に1度の奉納が定められているが、2020年は新型コロナウイルスの影響で中止を余儀なくされた。関係者たちは「前回の無念を晴らすべく、力強く披露したい」と強い意気込みを見せている。
本番直前の稽古に熱が入る
公演を約2週間後に控えた3月31日夜、小浜市の和久里公会堂では、地区住民の男性約20人が熱心な稽古に励んでいた。「和久里壬生狂言保存会」の猪原忍会長(76)らが指導にあたり、「もうちょっと逃げるのをゆっくりに」「顔を動かしすぎない方がいい」などと細かいアドバイスを送っていた。
仮面をつけた演者たちは、きらびやかな装束に身を包み、笛や鉦、太鼓を奏でる囃子方のリズムに合わせながら、ゆったりとした大きな動作を繰り返した。保存会の会員らは昨年12月から週に3回のペースで練習を重ねてきた。今回が初出演となる21歳の会社員は「お面で視界が狭いが、音をしっかり聞いて動きを合わせたい」と緊張しながらも意欲を語った。
京都・壬生寺から伝来した貴重な民俗芸能
和久里壬生狂言は、西方寺境内にある宝篋印塔の供養会に合わせ、子と午の年に奉納される無言劇である。江戸時代初期に完成した京都・壬生寺の「壬生狂言」(国重要無形民俗文化財)が伝来したとされている。
県立若狭歴史博物館(小浜市)の元館長である垣東敏博氏(66)によると、この狂言は京都のものに比べて演技時間が短く、動きもゆったりしているという。話が単純化され、わかりやすい構成となっており、京都には残っていない演目も含まれている。
小浜での始まりは1816年とされ、当時宝篋印塔があった住吉区の永三小路で初演された記録が残る。塔が西方寺に移転した後、1912年からは近くの和久里区の住民が担うようになった。しかしその後は戦争や洪水などの影響で一時中断し、住民らの要望により1978年に18年ぶりに復活している。
垣東氏は「壬生狂言が京都以外へ伝承した事例はほぼなく、和久里壬生狂言は非常に貴重な存在だ」とその価値を強調する。
コロナ禍での中止を乗り越えて
2020年には3か月間にわたる準備と練習を積んだものの、コロナ禍の影響で公演中止となった。猪原会長は「みんな気合十分で、12年のブランクは感じていない。無事に最後までやりきりたい」と語り、関係者の結束と決意を示した。
17日からの3日間では、「餓鬼角力」「愛宕詣り」など9つの演目が披露される予定である。地域に根ざした伝統芸能が、12年ぶりの舞台で新たな命を吹き込まれる瞬間が訪れる。



