惣十郎浮世始末 湯屋での聞き込みが事件の糸口に
その晩、惣十郎は佐吉を伴い亀島町の湯屋に足を運んだ。最近は慌ただしく、洗い場でざっと湯をかぶるだけで帰ることが多かったが、久しぶりに重蔵を呼んで背中を擦ってもらうことにしたのである。
「熱い湯に浸かると疲れがとれるってのはわかっているんだが、毎日こう暑いとなぁ」
惣十郎は湯から出ても汗が引かず、着物も体もひと風呂浴びたとは思えないほどぐっしょりになることを知っていた。そのため、石榴口を潜る気力が湧かないのである。
「おかげで垢の擦り甲斐がございますよ」
重蔵は冗談めかして返した。相変わらず力加減が絶妙で、日々積み重なった疲れまで、こそげ落ちているような心地よさを感じさせる。
湯屋は情報の宝庫
「この湯屋にゃ、あたりの下屋敷や蔵屋敷からお武家も通ってくんだろ」
世間話のようにして、惣十郎は切り出した。湯屋で三助をしている重蔵の耳には、湯に浸かってくつろいだ客たちが漏らすさまざまな噂が入る。その中から事件に関係がありそうな話を聞き出すことは、ここに通う与力や同心たちの長年の習いになっていた。
「さいですな。たくさんいらっしゃいますね」
「彦根の者も来るかえ」
「はい。蔵屋敷が近いですからね。どの藩の方も、御国のお話をされますんで、おのずと知れるんですが」
弓浜宗佑の行方を探る
「弓浜ってぇ男が来たこたぁねぇか」
重蔵はしばし考え込んでいたが、背後で頭を下げる気配があって、「いえ。お名前までは伺いませんもので」と申し訳なさそうに答えた。
「まぁそうだよな。逐一名を訊かねぇものな」
「旦那のように長らくおいでになってる方は、おのずとお名も伺いますが、藩士となるとたいがい一年ほどで御国許にお戻りになりますから。中には二年三年と長くおられる方もおいでですけどね」
弓浜宗佑も、こたび江戸詰めの任を賜ったのを機に訴えを起こしたのだろう。彼らはおそらく、国許と江戸で文などやり取りしながら、発明品造りを進めていたのだろうが――と、そこまで考えて、惣十郎は顎をさすった。
――ってこたぁ、お粂の夫は、江戸詰めのたびに妻女を帯同してたってぇことか。
弓浜の様子からして、下士の家柄だろう。となれば、妻子は国許に残すのではないか。
最前、牢屋敷でお粂に聞き取りをしたとき、もっとも引っ掛かった「大元のところ」と関係がありそうに思え、惣十郎は考えを煮詰めるために瞑目する。湯気が立ち込める中、事件の核心に迫る手がかりを探るのであった。



