文学フリマが全国で拡大、芥川賞作家も出店する新たな創作の場に
文学作品の展示即売会である「文学フリマ」が年々規模を拡大し、地方都市での開催も増加している。この動きを取材するため、京都市勧業館みやこめっせで開催された「文学フリマ京都10」を訪れた。会場には私家版やリトルプレス(小規模出版)の書物、冊子を並べた長机が展示場を埋め尽くし、文学の巨大な放牧場を思わせる光景が広がっていた。
過去最多の出店数と参加者数を記録
京都で10回目を迎えた「文学フリマ京都10」(1月18日開催)は、過去最多となる出店1150、参加者数7611人を記録した。会場には作り手はもちろん、まだ見ぬ文学を求める買い手の熱気が充満していた。小説、エッセー、詩歌、評論、翻訳、ノンフィクション、旅行記など、出店者が「自分が<文学>と信じるもの」を手売りする様子が印象的だった。
出店者の多くは個人や家族単位、文芸同人サークル、大学や高校の文芸・評論系のゼミやサークルなどが制作した自費出版、リトルプレス、ZINE(自由なテーマや形式で制作した冊子)、ミニコミ誌である。会場には感想や「推し本」を伝え合うコーナーも設けられ、文学愛好家たちの交流の場としても機能していた。
芥川賞作家・畠山丑雄氏も出店、商業出版との並走を語る
その4日前、「叫び」(新潮社)で第174回芥川賞に選ばれた作家・畠山丑雄さん(34)も、ドイツ語文学者の飯島雄太郎さんとブースを出していた。受賞エッセーの依頼が殺到するさなか、2時間と決めて来場し、私家版のエッセー集「牧場」や2人の往復書簡を収録した冊子を販売した。
畠山さんは100部を制作し、費用は約5万5000円だったという。文学フリマでは「売り上げはあまり気にしない」と語り、全国の書店に著作が並ぶ「商業出版で、という気持ちは第一に強くある。その影響力は侮れず、単行本になれば長く残る」と商業出版の重要性を強調した。
しかし、紙の書籍、中でも純文学が売れにくい現状にあって「賞を取っても次の本を出せない、いいものを書いても売れない、本にしてもらえないというのは、よくある話」と現実を語る。自身も2015年に新人賞を受けてデビューしたが、単行本が出ない日々が続いた。個人出版社が手がけた前作「改元」(石原書房、24年)が三島由紀夫賞候補となり、気鋭の書き手として改めて注目を集めたことが、自ら宣伝すべく文学フリマ参加を思い立ったきっかけだった。
畠山さんは「商業出版と並走して、文学フリマのような場で実力がある書き手が商業とは異なるファンを獲得し、見いだされることは増えていくだろう」と展望を語った。
純文学と文学フリマの深い関係性
文学フリマで活動経験のある作家たちが、純文学の一翼を担いつつある。21年に三島賞を受けた乗代雄介さん、22年に芥川賞に輝いた高瀬隼子さん、さらには畠山さんがその例だ。
実はそもそもの段階から、文学フリマは純文学と関係が深い。昭和から平成にかけて幾多の純文学論争があり、02年に評論家の大塚英志さんがエッセー「不良債権としての『文学』」で、出版社が採算度外視で純文学の文芸誌を守ってきたと指摘。文学が生き延びる手段の一つとして、文学フリマ開催を呼びかけた経緯がある。
会場は実際、少部数でも、もうけが出ずとも「自らが文学と信じるものを誰かに届けたい」という思いが渦巻いていた。「○○文学賞3次選考通過作品」「公募落選日記」などを掲げるブースも見られ、芸術性に重きをおく「純文学」と文学フリマは、様々な意味で相性が良さそうだ。
全国に広がる文学フリマのネットワーク
文学フリマは2002年に東京で始まり、今年は札幌、香川、福岡など全国8都市、計9回の開催を予定している。大阪では13年に始まり過去13回、京都は16年に始まり過去10回開かれた。41回を数える「文学フリマ東京」は近年は来場者数が1万人を超え、経費増などを受け、24年から入場を有料化した。
運営は有志、ボランティアによる。東京の一般社団法人文学フリマ事務局が出店申し込みやWebカタログなどのシステムを整備し、各地の地域事務局を支援している。
文芸評論家・田中和生氏が語る文学の新しい潮流
自身も出店する文芸評論家、田中和生さん(51)は「戦後に作られた純文学の仕組みは今、リセット状態にある。文学フリマの盛り上がりは、その現状と表裏一体の関係にあると思う」と分析する。
戦後、文芸評論家が作家を見いだし、文芸誌や新聞と組んで権威づけし、「文学的評価」を形づくってきた。出版社経由で作られるものに文学的な価値があると皆が信じ、小説が数十万部単位で売れた時代があった。
「今はインターネットやSNSの発達で、誰もが簡単にメディアになれる。新人賞の選考委員を務める作家に認められてデビューする既存のシステムでは、『自分は理解されない』と感じる書き手が、『響く人だけに届けばいい』と20~30部を手売りする。読む人が『いいね』と言えば、それは文学になる。その中から、すごいものを書く人が出てきても不思議じゃない」と田中氏は語る。
文学フリマに集う人々は互いの違いを認め、優劣を主張しない。多様性は時代のキーワードだ。「既存の側が『取り込む』という発想をすると、あの空間がもつ良さが消えてしまう。文学は常に『よそ者』を必要とする。東京一極集中でなく、いろんな場所で文学に関わりたいと願う人が自作を即売する。その新しい流れは、文学を活性化するだろう」と展望を語った。
