江戸の奉行所で起きた冤罪事件の真相に迫る
木内昇氏による時代小説「惣十郎浮世始末」の第269回が公開された。本作は江戸時代を舞台に、市井の人々の暮らしと権力の闇を描く連載シリーズである。
永牢の刑に処されたお粂の不可解な事件
物語では、惣十郎と深見が奉行所で起きたある事件について議論を交わしている。お粂という人物が御公儀への謀反を企てたとして永牢の刑に処されたが、その経緯には多くの疑問点が残されている。
深見は微みながら三好に答える。「それは御番所に限らんだろう」。奉行の下で働く役人たちは機転が利く切れ者であり、当たりは柔らかでも時折言葉に毒が覗くのだ。
「つまり、永牢の刑と判じたのは例繰方ってぇことになりますか」と問う惣十郎に、深見は奉行に上がってきた文書を基に説明する。吟味方も承知の上ではあるが、時期が時期ゆえ十分な吟味がなされたかは怪しいというのが彼の見解である。
無実を訴える義兄の存在と奉行所の対応
特に不可解なのは、お粂が拷問されても罪を認めなかったという事実である。さらに、お粂の義兄にあたる彦根藩士が無実を訴えていたにも関わらず、永牢の判決が下された点だ。
惣十郎が「お粂の義兄の彦根藩士が……当時御番所に申し入れをしたということですか」と尋ねると、深見は驚いた様子で答える。「そのような話は、一件口書の段でも上がってきておらぬか、と。お粂とやらが抗ったとは書かれてございましたが、彦根藩士がお粂の無実を訴えていたというのは初耳でございます」。
弓浜の父である清佑が奉行所にお粂の無実を訴えなかったという可能性は低い。幾度も訴えたのに奉行所が動かなかったため、弓浜は彦根藩として訴訟をすると偽ってまで、父の無念を晴らそうとしたのではないかと推測される。
奉行所の手柄と事件の隠蔽
深見は皮肉な笑みを浮かべて続ける。「謀反の企てに気付き、これを潰したとなれば、廻方はもちろん御番所としても大手柄ですから。真偽はともかく、永牢の刑に処すことで手柄を公に証したいという動きはあったのでしょう」。
惣十郎は伝法な口調で反論する。「だからって彦根藩士の妻だぜ。ここまで当人の言い分をねじ伏せるってなぁ妙じゃねぇか」。これに対して深見は静かに返答する。「お粂は、妻、だったのでしょうか」。
この一言が、事件の核心に迫る重要な問いかけとなっている。奉行所の内部事情と事件の隠蔽工作、そして無実の人物が裁かれる江戸の司法制度の闇が浮き彫りになる展開だ。
本作は歴史的事実を基にしながらも、現代にも通じる冤罪問題や権力の濫用を描き出している。読者は江戸時代の法制度と人間模様を通じて、正義とは何かを考えさせられる内容となっている。



