スモーキングルーム 第246回 千早茜
緑の鮮やかな夏のある日、サングラスをかけた軍人と鳥の巣と呼ばれる男が、森の中にあるホテルにやってきた。軍人と、軍人にも役人にも見えない軽装の男が一緒で、鳥の巣の体験を本にするつもりだと説明した。その取材のためにしばらく鳥の巣と共にホテルに滞在させてほしいと、サングラスの軍人は金ボタンに頼み、砂糖煮の娘にチョコレートを渡すと、腰も下ろさずに去っていった。
鳥の巣はこざっぱりとした服装で、縮れた髪は夏らしくないベレー帽で隠れていた。彼は眩しそうな目で砂糖煮の娘を眺めていた。
「いいところだ。少し歩いてきても?」とジャーナリストだという男が言い、鳥の巣をテラス席に残して散歩に出かけてしまった。
「マイペースな方ですね」と金ボタンが言うと、鳥の巣は首をかしげた。
「君はそんな喋り方だったっけ?」
「接客時は」と金ボタンは口の端で笑い、「ひさしぶり」と言って銀のシガレットケースを差し出した。鳥の巣は並んだ煙草をぼんやりと眺めた。痩せて姿勢が悪かったが、それは以前からで、肌艶は悪くなかった。しかし、歳はそう変わらないはずなのに、随分老いて見えた。
泡立てた牛乳をのせたコーヒーが運ばれてきて、甘い香りに鳥の巣がかすかに反応した。
「心の健康のために、ニコチンとカフェインを摂取しろよ」と金ボタンが言うと、鳥の巣はのろのろと手を伸ばした。乾ききった手で、爪が古樹の根のように歪んでいてぎょっとした。
「収容所で日々のわずかなパンを煙草に交換しようとする者がいたら、みんな思った。彼はもう生きることを諦めたのだと」
鳥の巣がぼそぼそと喋った。金ボタンは何と言っていいかわからなかった。目を落とすと、鳥の巣の靴紐が解けていた。鳥の巣も気付き、しゃがんだが、うまく結べない。紐はいたずらに指先をすり抜けていく。
「失礼致します」
金ボタンは鳥の巣の手を止め、座りなおすよう促すと、地面に片膝をついて素早く靴紐を結んでやった。
「すまない」と鳥の巣は言った。「収容所では靴紐は取りあげられていた、自殺防止で」
「すぐに慣れるさ」と、金ボタンは努めてなんでもないことのように応えた。



