万博閉幕翌日の広告「おはよう、未来。」制作秘話
大阪・関西万博の閉幕からまもなく半年が経過しましたが、同万博ではユニークな広告も大きな注目を集めました。特に、閉幕翌日の昨年10月14日に全国紙に掲載された全面広告「おはよう、未来。」は、多くの人々の心に深く残るものとなりました。この広告を制作したチームを率いた細川直哉氏(55)と、日本国際博覧会協会の副事務総長として携わった水谷徹氏(65)に、制作の舞台裏や万博への思いを詳しく聞きました。
「さようなら」ではなく「おはよう」という選択
広告には、次のような一節が記されていました。「きのうまではなかった気持ちが、あなたのなかで確かに生まれているとしたら。きょうの朝は、あしたの朝は、まったく違う方向に進んでいける。」突き抜ける青空と大屋根リング、両手をあげるミャクミャクを背景に、明るい言葉が並びました。
会期終盤の9月半ば、わずか1週間でコピーを仕上げた細川氏は、その意図について次のように語ります。「万博は、新しいものや人、知らない世界との出会いなど、人々の中に何かを確かに残しました。それは終わりではなく、今後も続いていくものだと考えました。だからこそ、『さようなら』ではなく、新たな始まりを意味する『おはよう』という表現を選んだのです。」
シンプルに伝えることへのこだわり
東京の広告制作会社に勤める細川氏は、自身と万博との縁についても触れました。母親のおなかの中にいた時に1970年大阪万博を訪れた経験があり、万博に特別な思いを抱いていたと言います。会社として万博協会の公募に応じ、2023年秋から広告やコピーの制作を開始しました。
細川氏は全体のディレクターとして制作会社のメンバーなどとチームを組み、テレビCMやグラフィックの制作を担当しました。しかし、当初は万博そのものの情報が限られていたこともあり、機運醸成には苦戦したと振り返ります。
転機をもたらした水谷氏の参加
状況が変わったのは、サントリーで角ハイボールなどの広告に携わってきた水谷氏が、マーケティングの豊富な経験を買われ、2024年秋に副事務総長として万博協会に加入してからでした。チームは水谷氏とのやり取りを通じて、総花的なアプローチではなく、大屋根リングなど分かりやすい象徴や人に焦点を絞ったコンテンツ作りを心掛けるようになりました。
水谷氏は当時を振り返り、「象徴的なものをシンプルに伝え、一気にギアを変えたかったのです」と語ります。この方針転換が、その後の広告制作に大きな影響を与えました。
感情を前面に出す広告戦略
開幕を2か月後に控えた昨年2月のテレビCM「未来を準備する人たち」では、初めて会場内を撮影し、リングやパビリオンの現場で作業する人々に密着しました。3月のCMでは人気インフルエンサーがリングに驚く場面を映すなど、感情を前面に出す構成を採用。開幕後のCMでは、パビリオンやイベントを楽しむあらゆる年代の来場者たちの生の表情を映し出し、万博の魅力を伝えました。
集大成としての全面広告と反響
集大成として制作された全面広告「おはよう、未来。」は、「万博ロスだけど救われた」といった好意的な反響がSNSで多く寄せられ、テレビ番組で朗読されるなど、広く共感を呼びました。
SNSの反響を見てうれし涙を流したという細川氏は、「世間の気持ちと連動する新たなコミュニケーションに挑戦できた」と振り返ります。万博そのものについては、「世界の人、食べ物、言語に触れる場として、万博は大きな価値がありました。自分自身もこの2年間駆け抜け、大きな達成感を得ることができました」と意義を語りました。
手作り感と共鳴の重要性
水谷氏は、一連の広告について「手作り感があり、人々の心と共鳴できたと思う」と評価しました。万博そのものについては、「リアルな人とのつながりの魅力を感じ取れた場だったのではないか」と語り、広告を通じてその魅力を伝えられたことに手応えを感じている様子でした。
細川氏と水谷氏の協力により生まれた「おはよう、未来。」というメッセージは、万博の終わりではなく、新たな未来への始まりを象徴するものとして、多くの人々の記憶に刻まれることでしょう。



