スモーキングルーム第187回:軍人の横暴と青年バイオリニストの悲劇
千早茜氏による連載小説「スモーキングルーム」の第187回が公開された。本エピソードでは、権力と差別が交錯する緊迫した場面が描かれている。
巨躯の軍人と街の生まれ
物語の舞台には、身長二メートルはあろうかという巨躯の軍人が登場する。耳の先が少し尖った特徴を持つこの男は、薄笑いをたたえながら高官たちに近づく。実家は街で出版社を経営しており、自身も街の生まれであることを誇示し、「街の案内なら任せてください」と屈むようにして話しかけている。
軍人は高官たちに向かって、「党のおかげでこの街もすっかり綺麗になりました。もう豚臭くない」と語りかける。しかし、その言葉にはどこか皮肉めいた響きが込められていた。
バイオリニスト青年への暴行
軍人は楽隊の方へ歩み寄り、バイオリンを弾く青年の首根っこを摑んだ。そして、厳しい口調で詰め寄る。「なんだ、この音は。ちゃんとした古典音楽の教育を受けていないな。豚の血が混じっているんじゃないのか」
軍人の大きな影に覆われた青年は震えながら首を横に振り、うまく返事ができない様子だった。これに対し、軍人は「なんだ、喋れないのか」と嘲りながら青年を引きずり、人の少ないテーブルの上に放り投げた。
- 酒が飛び散り、グラスや皿が割れる
- テーブルクロスがソースや酒で染まる
- 一瞬、会場が静まり返る
しかし、高官の一人が「さすがはこの街の生まれだ。音楽にうるさい」と声をあげると、周囲の者たちがどっと笑い出した。この反応が、軍人の行動を暗黙のうちに容認する空気を作り出してしまう。
さらなる暴力と周囲の対応
軍人は青年に向かって「おい、喋れないなら、鳴け」と叫び、口をこじ開けてバイオリンの弓を突っ込んだ。青年からは濁った悲鳴が漏れ、「ほら、やはり豚の声だ」と軍人は大声で笑いながら嘲弄する。
喉を突かれた青年は噎せ込み、テーブルクロスごとテーブルから落ちて床にうずくまる。軍人が蹴ろうとした瞬間、金ボタンと呼ばれる人物が駆け寄り、「すぐに片付けます」と床に片膝をついて謝罪した。
- 金ボタンは「硝子の破片は危ないのでお任せください」と述べる
- 蝙蝠も加わり、「ズボンの裾が汚れております。一旦、座れる場所へご案内します」と軍人を誘導する
軍人は振り返り、床でうずくまる青年を指さしながら命令を下す。「そいつの出自を調べろ。豚に我が国の調べを弾かせるなんてもっての外だ」
金ボタンは清掃係を呼び、蝙蝠に代わって軍人をスモーキングルームへ連れていった。この一幕は、権力者の横暴と弱者への差別が露わになる瞬間として読者の胸に迫る。
千早茜氏の筆致は、軍人の冷酷さと青年の無力さを鮮明に対比させ、社会の歪みを浮き彫りにしている。読者はこの緊迫した場面を通じて、権力と音楽、そして人間の尊厳について深く考えさせられることだろう。



