スモーキングルーム第156回:純血の誇りと退廃への誘惑
街の暗がりに、甘ったるい笑い声が響く。肩や胸の谷間を覗かせた女性たちが、将校と部下たちを窺っていた。背の高い女性と目が合うと、彼女は媚態をにじませて笑いかける。赤みがかった茶色い髪に緑色の瞳、鼻の上にはそばかすが散っている。
将校が人差し指で招くと、女性は体をしならせながら、もったいぶるようにゆっくりと近づいてきた。「ねえ、そこの二階に貸し部屋があるの。後ろのお兄さんたちもどう?」と声をかける女性の腕に、将校は突然、顎を摑みつけた。指が食い込み、女性は悲鳴をあげる。
冷酷な排除と純血思想の表明
将校はまじまじと恐怖にひきつる女性の顔を眺めると、「お前は私が性交する相手として相応しくない」と温度のない声で告げた。そのまま地面に叩きつけ、部下を振り返って「蹴れ」と命じる。躊躇する部下に重ねて言う。「侮辱は許すな。我が隊は選ばれた者のみしか入れない。選んでくださったのは総統だ。いいか、どんな誘惑があっても、いかがわしい穢れた血は混ぜるな」。
部下が女性の腹を蹴る様子を眺めながら、将校は隊の長官を思いだした。長官は植物を愛し、薔薇の世話をしながら「優れた種を作るには人の手による品種改良が必要なのだよ。野放図に雑草と交わらせるといけない」と丸眼鏡を光らせていた人物だ。麦酒一杯で吐いてしまうほど胃弱で、菜食主義者。けして屈強とは言い難いが、総統への忠誠心は厚く、贅沢せず私腹を肥やすこともなく、ひたすら総統のために働いていた。
純粋培養への執着と退廃的な記憶
「わたしはね、総統のために純粋培養された人間を作りたいのだよ」という長官の言葉が蘇る。隊の者は結婚の際も相手の血統を調べ、許可をもらう必要があった。怯えた顔で遠巻きにする女性たち、地面で呻き声をあげる女性。将校はふと、森の中のホテルを思いだした。屋根裏部屋に描かれていた肉感的な裸婦たちの絵。総統が退廃的だと忌み嫌う画家が描いたものだった。身の毛のよだつ、いかがわしさに満ちていた。
思えば、将校を「犬」と嘲笑った男を捕らえようとした時、彼は裸の青年と寝床にいた。あれもひどくおぞましいものだった。「雑草は不純な欲に溺れる。自らに純血の誇りがないからな」と長官は丸眼鏡の奥の目を細めて言った。
葛藤の果ての決断
「大佐」と部下たちに声をかけられ、我に返る将校。地面に転がる女性には一瞥もくれず歩きだすが、すぐに足を止めた。「車を取ってこい」と部下の片方に命じ、「森のホテルに行く」と告げる。純血思想に縛られながらも、退廃的な過去への引き寄せを感じる複雑な心理が、この瞬間に凝縮されている。



