熊本県人吉市の盛り上げ役として30年以上にわたって活動してきた人吉温泉女将の会「さくら会」の3代目会長に、今春、人吉旅館の堀尾里美さん(68)が就任した。会長交代は約11年ぶりで、2020年7月の九州豪雨からの復興とその先の未来を見据え、「若い人の意見も取り入れながら、人吉の広告塔として頑張っていきたい」と意気込んでいる。
韓国出身の女将、日本での歩み
堀尾さんは韓国・原州出身。東京への留学経験を持つ父の影響で高校生の時から日本語を学び、20歳代後半で通訳案内士の資格を取得した。旅行会社に就職し、人吉市から大邱を訪れた青年会議所の訪問団を案内した際、その一員だった人吉旅館の3代目、堀尾謙次朗さん(69)に出会った。謙次朗さんからのアプローチをきっかけに文通や電話を重ね、34歳で来日して結婚した。
「まずは日本の文化を学びつつ、日本に慣れる時間がほしい」と、将来の女将就任を見越して約1年後の1993年、熊本大学に入学し民俗学を学んだ。卒業後は着付けや所作の教室に通って接客の作法を身につけ、2000年に女将に就いた。先代の女将は亡くなっており、ベテランの従業員に教えてもらったり、本を読んだりしながら仕事を覚えた。夕食時には必ず各部屋を回り、全ての宿泊客にあいさつ。立ったり座ったりを繰り返すうちに着物の膝の部分が破れ、新品がいくつもだめになったという。
「形ではなく、真心から感謝の気持ちを伝えたかった。最初は手探りだったけど、だんだんと仕事が分かっていったし、精神的にも強くなった」と振り返る。
さくら会での活動と九州豪雨からの復興
結成から数年がたっていたさくら会の活動にも積極的に参加。初代の富田千鶴子会長(故人)らと地元のPRのために各地に出張し、JR人吉駅周辺を「大正ロマン」をテーマに彩るイベント「ノスタルジック人吉」なども手がけた。
しかし、2020年7月の九州豪雨では球磨川の氾濫で人吉旅館も浸水し全壊判定を受けた。家族や従業員は無事だったが、他の多くの旅館とともに営業中止を余儀なくされた。それでも励まし合い、知事への要望活動を行うなど、さくら会として地域の復旧に奔走した。
人吉旅館は2022年5月に全面的に営業を再開。2024年11月には、温泉街で唯一休業が続いていた一富士旅館も移転して再建を果たした。復興に一定のめどが立ち、さくら会も結成から30年が過ぎる中、今年4月に2代目会長の有村政代さん(75)の後を継いだ。有村さんは「チームで頑張ってきた流れを引き継いでもらえたらうれしい」とエールを送る。
今後の展望
堀尾さんは今後、開催が途絶えている「ノスタルジック人吉」の復活や、温泉と食文化を楽しめる新企画にも取り組むつもりだ。「ここまで結束した女将の会は全国的にもなかなかない。人吉の女将や旅館の文化を国内外に発信し、長く守っていきたい」と力を込めた。
熊本大学の卒業論文では、青井阿蘇神社の例大祭の変遷や、現代における祭りの意義について考察した。女将になってから生け花や茶道も学び、研さんを続ける。さくら会での毎年の研修旅行が楽しみで、15年ほど前に訪れたフランスが一番記憶に残っているという。



