潮来のろ舟がFRP製で新装、鉾田の会社が伝統と革新を融合
潮来のろ舟がFRP製で新装、伝統と革新を融合 (06.03.2026)

潮来のろ舟がFRP製で新装、鉾田の会社が伝統と革新を融合

茨城県潮来市の水郷をのどかに遊覧するろ舟に、先月、繊維強化プラスチック(FRP)製の新船が仲間入りしました。この船を手がけたのは、鉾田市の関根造船の関根一彦社長です。造船業をルーツとする同社は、一時的に船造りから離れましたが、近年は各地からの依頼でFRP製観光船の製造を再開しています。船大工の減少で木造船の新造や修理が難しくなる中、関根社長は新たな技術で茨城の船文化の歴史を紡ぎ続けています。

FRP製ろ舟の特徴と改良点

新たにデビューしたろ舟は、全長7.9メートル、幅1.5メートルで、定員は12人です。重量は450キロあり、笹の葉に似た細長い伝統的な形を維持しています。色染めした不織布をFRPの船体に貼り重ねることで、自然な木目調を再現しました。さらに、船底の構造に改良を加え、木造船にはなかった推進性と横揺れへの耐性を兼ね備えています。関根社長は「風合いを残しながら、お客さんが快適に過ごせるようにできた」と胸を張ります。

潮来市によると、市内には木造ろ舟17隻が残っていますが、老朽化が進んでいます。約3年前に市内の船大工が亡くなり、修理も難しくなったため、FRP製への切り替えを決断しました。市は更新のタイミングで、順次FRP製に切り替えていく方針です。

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関根造船の歴史と挑戦

関根社長の父、正さんは15歳から船大工の道を歩み、1976年にFRP漁船の製造を始めました。1986年、当時28歳だった関根社長が会社を法人化し、拠点を大洗町から鉾田市に移しました。しかし、丈夫なFRPは耐久年数が長く、修理費などが稼げなくなる不利益もありました。「船にこだわる必要はない」という父の言葉に従い、同社は浄化槽のパーツを製造する下請け企業となりました。

当初は順調に注文が入りましたが、1996年のバブル崩壊で荒波にのまれました。取引先から「明日から仕事を止めてくれ」と電話を受けた時は、倒産も頭によぎったといいます。一つの商品にこだわらず、浴槽の補強加工、風力発電の羽根、サメ用の水槽など、様々な注文に応じて厳しい時代を生き抜きました。一方で、関根社長は船を造った経験がなく、社名を変えた方がいいと言われる度に「負い目を感じていた」と振り返ります。

造船業への復帰と新たな実績

2013年、かすみがうら市から観光帆引き船の製造を打診されたことが転機となりました。断れば他県の会社に任せるしかないことを知り、職人魂に火が付いたのです。造船は初の挑戦でしたが、木造帆引き船の資料を見ながら図面を描き、専門家に相談を重ねました。操船する漁師らの意見も取り入れ、2015年5月に無事に進水式を迎えました。

2017年には土浦市にも観光帆引き船を納入し、市の要望を受けて自然な木目調の仕上がりを追求しました。これらの実績が新たな顧客を発掘し、潮来市のろ舟製造につながりました。紆余曲折を経て造船の世界に舞い戻った関根社長は「流れに逆らわずに、色々な仕事をしてきたことが役立っている」と手応えを語っています。

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