祖父と相撲の思い出 今だからこそ語りたい土俵の話
祖父と相撲の思い出 今だからこそ語りたい土俵の話

大相撲の季節が訪れるたびに、私は小学4年生のときに亡くなった祖父のことを思い出します。私は幼い頃、祖父が大嫌いでした。その理由は単純明快で、夕方のテレビをめぐる争奪戦にありました。午後5時から6時は、大相撲の名勝負が繰り広げられる時間帯であり、同時に私たち兄弟にとっては、特撮ヒーローが活躍するゴールデンタイムでもありました。そして、決まって祖父は母を味方につけ、頑としてチャンネルを譲らず、テレビの前から一歩も動こうとしませんでした。当時の私には、祖父は理不尽で頑固なジジイにしか映らなかったのです。

意外な祖父の素顔

ところが、大人になってから、私は驚くべき事実を知りました。祖父は長年にわたり、小学校の教員として地域社会に尽力していたのです。よく「おじいさんには本当にお世話になった」「とても男気のある人だった」と声をかけてくださる年配の方が何人もいました。実は祖父は、誰からも慕われる金八先生のような存在だったのです。

父の尊敬と私の今

また、昨年亡くなった父も、底抜けに優しかった祖母よりも、祖父を深く尊敬していました。私も今や「おじいちゃん」と呼ばれる年齢になりました。もし祖父が生きていたら、あの頃とは違う会話ができたのではないかと思います。一緒に相撲を見て、土俵について語り合いたい。テレビの前で肩を並べ、同じ目線で笑い合いたい。

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「じいちゃん。今場所は誰が優勝するかなぁ」

そんな言葉を、今だからこそ祖父に投げかけたいのです。

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