「どうしたら、この悲しみが消えるの?」――プロボクシングで世界3階級を制覇した中谷潤人選手(27)は、今もなお、心の中で生き続ける恩師の存在を語る。その恩師とは、元プロボクサーであり、中谷選手の基礎を築いた石井広三さんである。
恩師との出会い
中谷選手が石井さんと出会ったのは、三重県にあった石井さんのジムでのこと。東員第二中学校1年の春、2学年下の弟・龍人さんと共に通い始めた。それまでは空手をしていたが、体が小さく一度も勝てなかったという。
「すごい子が来た」――中谷選手が体験入会した日、石井さんは自宅に帰ると妻の美穂さんに興奮気味に話した。石井さんが家で仕事の話をすることは珍しく、その光景は今も美穂さんの記憶に強く残っている。
石井広三さんの経歴
石井さん自身も、世界王座に肉薄した強打のプロボクサーだった。現役時代は愛知・天熊丸木ジムの丸木孝雄会長(当時)と共に世界王者を目指したが、3度の世界挑戦は実らず引退。2004年に故郷の三重県でジムを開いた。
中谷選手への指導
中谷選手は決してジムを休まなかった。休みの日曜日を除き、電車で片道約1時間かけて通い続けた。石井さんは中谷選手にサウスポー(左構え)を勧めた。絶対数が少なく、将来的に有利だと考えたからだ。
石井さんにとって、中谷選手は「スポンジみたいに吸収する子」だった。指導すればするほど強くなり、その成長は目覚ましかった。石井さんは「あいつを世界チャンピオンに」と心に誓ったという。
恩師の死とその後の影響
しかし、石井さんは中谷選手が世界王者になる前に他界。中谷選手はその悲しみを乗り越え、世界3階級制覇を成し遂げた。今でも試合前には必ず石井さんの名前を口にし、その教えを胸にリングに立つ。
「どうしたら、この悲しみが消えるの?」という問いには、まだ答えは出ていないかもしれない。しかし、中谷選手の心の中で石井さんは生き続け、彼の戦いを支えている。



