河瀬直美監督、6年ぶりの劇映画「たしかにあった幻」が公開…臓器移植と命の証しを描く
河瀬直美監督6年ぶり新作「たしかにあった幻」公開 (13.02.2026)

河瀬直美監督、6年ぶりの劇映画で臓器移植の深層に迫る

昨年、大阪・関西万博で対話をテーマにしたパビリオンのプロデュースで注目を集めた河瀬直美監督が、6年ぶりとなる劇映画「たしかにあった幻」を発表し、現在公開中です。この作品は、子供の臓器移植を中心テーマに据え、人が生きた証しとは何かを探求する物語として、観客に深い問いを投げかけています。

移植医療の課題と日本の死生観

物語の舞台は神戸の医療センターで、フランスから来日したコリー(ヴィッキー・クリープス)が移植医療の普及に取り組みます。彼女は、欧州とは異なる価値観に阻まれ、子供の臓器移植が進まない日本の状況を改善しようと、移植を必要とする子供やその家族の声を記録し始めます。

脳全体の機能が失われた「脳死」下での臓器移植は、他国に比べて日本での実施件数が極端に少ない現状があります。その背景には、日本独自の死生観や倫理観が大きく影響しています。例えば、人工呼吸器で心臓が動いている状態で臓器を取り出すことへの抵抗感や、遺体を傷つけることへの懸念が根強く存在します。

コリーは、こうした課題を痛感しながらも、日々の業務に追われて抜本的な改革に手が回らない同僚たちに、もどかしさを隠せません。河瀬監督は、当事者を交えてドキュメンタリーのように制作したシーンも取り入れ、医療従事者の葛藤や入院患者の日常をリアルに描き出しています。

命の証しを探す人間関係

物語のもう一つの軸は、コリーが旅先で運命的に出会った迅(寛一郎)との関係性です。2人は恋人として一緒に住み始めますが、迅は自分のことを語ろうとせず、コリーの不信感が募っていきます。やがて迅が突然姿を消すことで、物語は命のはかなさを突きつける展開へと向かいます。

コリーが迅の存在した証しを探して行き着くのは、2人が出会った鹿児島・屋久島の大自然です。河瀬監督は、精細な映像と立体的な音響で、自然界に根付くあらゆる生命の存在を鮮やかに表現し、観客に命の循環を感じさせます。

綿密な取材に基づくリアルな描写

特に印象的なのは、移植を待つ子供の母親たちの描写です。狭い病室で子供に寄り添い、慣れた手つきでベッドを整え、コリーの前で涙を流しながらも子供の前では笑顔を見せる姿は、俳優の演技ながら実態に即した切実さを帯びています。

後半で登場する臓器提供者側の家族のやりとりにも、綿密な取材に基づく生々しさがにじみ出ており、作品全体に深みを与えています。河瀬監督は、命の証しが共に過ごした時間の記憶や、連綿と循環する自然の中にあることを示唆し、人間にとって究極の問いに一つの答えを提示しています。

「たしかにあった幻」は、テアトル新宿などで公開中で、上映時間は1時間55分です。この作品は、臓器移植という重いテーマを扱いながらも、命の尊さと人間関係の繊細さを描き、観客に深い感動と考察を促す内容となっています。