尼崎脱線事故から21年、両脚を失った男性が母校で講演
乗客ら107人が死亡した2005年の尼崎JR脱線事故から、4月25日で21年を迎えます。この事故で両脚を失った林浩輝さん(40)が4月21日、母校である同志社大学(京都市上京区)で開催された追悼礼拝にて講演を行いました。
事故の記憶と救助までの22時間
事故は2005年4月25日朝に発生。当時、講義に向かっていた林さんは、被害が特に甚大だった1両目に乗車していました。脱線しマンションに突っ込んだ車両は大破し、林さんは発生から約22時間後、最後の生存者として救助されました。しかし、大けがを負い、両脚の切断を余儀なくされたのです。
「人は一人で生きられない」と学んだ21年間
講演で林さんは、脚がないことへの劣等感が今も残ると打ち明けつつも、「生かされた命。亡くなった方のためにも頑張って前を向いていきたい」と力強く語りました。車いす生活の中では、旧友や事故後に知り合った人々の支えが大きかったといい、「この21年間で、人は一人で生きられないと学んだ」と吐露しています。
学生らに対しては、「いろいろな人生が待ち構えていると思うが、悩みを打ち明けられる存在をつくって」と呼びかけ、社会とのつながりの重要性を強調しました。
学生の反響と教訓の継承
講演を聴いた4年生のセネック・英花・ヴィクトリアさん(22)は、鉄道関係の会社への就職を予定しています。彼女は「教訓を私たちが受け止め続けなければ」と語り、事故の記憶を未来に伝える決意を示しました。
同志社大学での追悼礼拝は、事故の犠牲者を悼み、生存者の経験を共有する貴重な機会となりました。林さんの言葉は、困難を乗り越え、前向きに生きる姿勢を学生たちに強く印象づけたのです。



