日本のセレクトショップ文化を牽引してきた「ビームス」が、創立50周年を迎えた。設楽洋社長は「日本にはビームスがある、と言われるような存在に」と次の50年を見据える一方、若年層の「ビームス離れ」には危機感を募らせている。
創業の原点:アメリカンライフへの憧れ
1976年、明治通り沿いにあった八百屋の跡地にビームスはオープンした。父・悦三さんが営んでいた段ボール製造会社の新規事業という位置づけだった。25歳だった設楽さんは、広告大手電通に勤めながら、趣味に近い「副業」として携わっていた。
計6.5坪のうち倉庫をのぞいた売り場スペースは3.5坪ほど。狭さを逆手に取り、店はアメリカ西海岸にあるUCLAの学生寮をイメージした。モノと情報がなかった中高時代に、洋楽や洋画に目覚めるなどして憧れた「アメリカの生活」がコンセプトだ。西海岸を中心にバイヤーが買い付けた商品や、自社開発のオリジナル商品を並べた。創業から2年間は、屋号の上に「アメリカンライフショップ」と添えた。
「渋カジ」ブームと在庫の試練
開業当時、原宿は竹下通りを中心に若者文化が花開いていた。ビームスは「渋カジ」ブームに乗り、紺ブレザーを量産したが、在庫を抱える経験もした。しかし、その経験が後のブランド戦略に生かされることとなる。
若者離れへの危機感
設楽社長は、現在の若者がビームスを「親世代のブランド」と捉えていることに警鐘を鳴らす。SNSやファストファッションの台頭により、従来のセレクトショップの価値観が通用しなくなっていると指摘する。そこで、デジタルマーケティングの強化や、若者向けの新たな商品ラインの開発に乗り出している。
次の50年への挑戦
ビームスは、単なるファッションブランドではなく、ライフスタイル全体を提案する企業へと進化を遂げてきた。設楽社長は「日本にはビームスがある」と言われる存在を目指し、次なる50年では、サステナビリティや地域密着型の取り組みを強化する方針だ。
具体的には、環境に配慮した素材の使用や、地元の職人とのコラボレーションによる商品開発を推進。また、実店舗の体験価値を高めるため、カフェやイベントスペースを併設した大型店舗の展開も検討している。
設楽社長は「創業時の情熱を忘れず、常に新しい挑戦を続けたい」と語り、未来への展望を熱く語った。



