磐梯山噴火で水没した宿場町、湖底の姿を3Dで詳細に復元
1888年(明治21年)に発生した磐梯山噴火により、福島県の檜原湖に沈んだ宿場町「檜原宿」が、海洋研究開発機構(神奈川県横須賀市)を中心とする研究チームによって、3D技術を用いて復元されました。この取り組みは、水中遺跡を地質学や考古学など多角的に調査した国内初の事例として、学術的に高い評価を受けています。
噴火による山体崩落と宿場町の水没
磐梯山噴火では、大規模な山体崩落が発生し、裏磐梯地域の集落が土砂に埋もれ、477人もの犠牲者が出たと記録されています。檜原湖は、この崩落によって川がせき止められて形成された湖沼の一つです。かつて会津と米沢を結ぶ街道の宿場町として栄えた檜原宿は、現在の檜原湖北部に位置しており、噴火による直接の犠牲者は出なかったものの、湖の水没によってその姿を消しました。
檜原宿跡は、水深約10メートルの湖底に眠る水中遺跡として、開発や風雨の影響を受けず、当時の状態が良好に保存されていると期待されていました。しかし、正確な位置が不明であったため、これまで詳細な調査は進んでいませんでした。
高精度測量と学際的アプローチによる調査
研究チームは、2022年から2025年度にかけて、北塩原村教育委員会や磐梯山ジオパーク協議会など地元組織と連携し、本格的な調査を実施しました。ボートからの高精度測量や潜水調査を重ね、噴火前に作成された町並みの図面と照合することで、湖底の様子を明らかにしていきました。
3D復元された映像では、湖岸から南方にかけて、過去の図面とほぼ一致する道路や水路の線形構造がくっきりと確認できます。これにより、扇状地の近くで地形を生かした土地利用や水利システムが行われていたことが考察され、当時の人々の生活様式を窺い知ることができます。
研究成果の発表と今後の展望
これらの調査結果をまとめた論文は、昨年12月に英文学術誌の電子版に掲載され、国際的にも注目を集めています。研究代表者である海洋研究開発機構高知コア研究所の谷川亘主任研究員(構造地質学)は、「史料だけでなく、火山災害の痕跡を残す水中遺跡として、地元にとって身近な遺産となるはずです」と語り、遺跡の重要性を強調しました。
チームでは、研究成果を広く共有するため、展示会や報告会の開催を検討しており、歴史的価値と防災教育の両面から、地域社会への貢献が期待されています。このプロジェクトは、自然災害の記憶を後世に伝えるとともに、学術研究の新たな可能性を拓くものとして評価されています。