ノーベル賞の評価軸を深掘り、免疫研究の王道で受賞した制御性T細胞の軌跡
ノーベル賞の評価軸、免疫研究の王道で受賞した制御性T細胞 (15.03.2026)

ノーベル賞の評価軸を深掘り、免疫研究の王道で辿った制御性T細胞の軌跡

2026年3月15日、ノーベル生理学・医学賞の受賞から約半年が経過した中で、2025年の受賞者である大阪大学の坂口志文特別栄誉教授の研究軌跡が改めて注目を集めている。坂口氏が長年にわたり追究してきた制御性T細胞(Tレグ)の研究は、免疫学における王道とも言えるアプローチでありながら、その道程には様々な逆風が吹き荒れていた。

研究環境の逆風と共同研究者たちの絆

坂口氏の妻であり共同研究者でもある教子氏も交え、長年の親交がある京都大学の西川伸一名誉教授がインタビューを行った。対談では、坂口氏がどのように自身の研究道を進んでいったのか、その核心に迫っている。

西川氏は回想する。「1995年に理化学研究所から東京都老人総合研究所(現・都健康長寿医療センター研究所)に移られた後、京都大学では再生医科学研究所(現・医生物学研究所)の準備委員会で坂口さんをコアメンバーに選びました」と語る。当時、ES細胞を研究中の中辻憲夫氏、神経発生学の若手研究者であった笹井芳樹氏らとともに、新たな研究拠点の構想が進められていた。

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1999年に坂口氏が京都大学に戻ると、著名な免疫学者である大阪大学の岸本忠三氏から「いい人事や」との評価を得た。その後、笹井氏らが教授会で奈良先端科学技術大学院大学にいた山中伸弥氏を教授に選出。この流れが、中辻氏と山中氏を中心としたWPI(世界トップレベル研究拠点)への申請へとつながっていく。

研究コミュニティの活性化とノーベル賞受賞者たち

WPI申請をより強力なものとするため、中辻氏が工学部から北川進氏を招き入れ、iCeMS(物質―細胞統合システム拠点)が設立された。学内の競合する有力メンバーを抑えての申請成功は、研究環境の大きな転換点となった。

西川氏はこの経緯を「若い人がどんどん自分でいい人を集めていくと活性化するという好例」と評する。実際、このつながりから坂口氏、iPS細胞の山中氏、金属有機構造体(MOF)の北川氏と、3人ものノーベル賞受賞者が誕生することになる。

坂口氏が再生研でFoxp3を発見し、制御性T細胞の研究が決定的な進展を見せたのも、このような活発な研究環境が背景にあった。

国際的な研究ネットワークと発見の連鎖

制御性T細胞研究が逆風にさらされていた時代にも、世界中に研究グループが存在していた。坂口氏はポルトガルのアントニオ・クッチーニョ氏の弟子である堀昌平氏と波長が合い、研究室にポスドクとして招いた。

2001年には米国のバイオ企業研究者であるメアリー・ブランコウ氏とフレッド・ラムズデール氏らが、自己免疫疾患を発症するマウスの原因遺伝子を特定。IPEX症候群の患者も同じ遺伝子に変異があることを発見し、それがFoxp3であると発表した。

堀氏が「これ、ひょっとして」と指摘したように、Foxp3が制御性T細胞を特徴づける遺伝子であり、その異常がIPEX症候群を引き起こすならば、研究のつながりが明確になる。この発見が、免疫学における長年の謎を解く重要な手がかりとなったのである。

ノーベル賞の評価軸と研究の本質

対談ではノーベル賞の共同受賞者についても言及され、賞の評価基準について考察が深められた。ノーベル賞は応用性よりも基礎研究の本質的貢献を重視する傾向があり、坂口氏の研究はまさに免疫学の基礎を固める王道のアプローチであった。

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50年後に選考過程が公開された時、制御性T細胞研究の価値がどのように評価されていたのか、その全容が明らかになるだろう。坂口氏の軌跡は、逆境を乗り越えながらも研究の本質を見失わずに進むことの重要性を現代の研究者たちに示している。