音楽プロデューサーでベーシストの亀田誠治氏(60)が、東京での自身の歩みを振り返る連載「私の東京物語」が始まった。第1回は、小学6年生で東京・江古田に引っ越してきた頃の思い出や、いじめや発音障害を乗り越えた経験について語っている。
江古田での新たな生活
亀田氏はニューヨーク生まれで、生後1年で帰国後は関西で育った。東京での生活は、父親の転勤で練馬区の江古田に引っ越してきた小学6年生の9月から始まった。転校先は練馬区立開進第三小学校。9月という中途半端な時期の転校だったが、それは亀田氏にとって「救い」だったという。
というのも、大阪の小学校では夏休み明けの9月から突然、クラス全員から無視されるいじめを受けていたからだ。原因はわからず、納得のいかないままの転校だった。亀田氏は「未解決の課題をずっと持ち続けている」と振り返る。
温かい受け入れと障害克服
開進第三小学校での自己紹介は、「さ行」と「つ」がうまく発音できない構音障害もあり緊張したが、クラスメートは温かく受け入れてくれた。亀田氏は、いじめや不登校の問題を考える時、この自身の実体験が背景にあると述べている。
発音障害については、英語の辞書で図解されていた「s」と「ts」の舌の当て方を参考に、自ら克服したという。
笑顔の秘密
子どもの頃、先生から「亀田、何ニヤニヤ笑ってるんだ」とよく怒られたが、笑っていたわけではなく、生まれつきの笑い顔なのだという。絵文字の笑顔のような顔で、親からもらった財産であり、引け目には思っていない。どんな尖ったロックの音楽もこの顔で作っていると語る。
亀田氏は1964年生まれ。椎名林檎やスピッツ、氷川きよしなど数多くのアーティストを手がける日本を代表する音楽プロデューサーであり、バンド「東京事変」のメンバーでもある。また、5月30日・31日に日比谷公園とその周辺施設で開催される「日比谷音楽祭2026」(入場無料)の実行委員長を務めている。



