元寇沈没船の木板に「至元」の元号を確認 長崎・鷹島沖の海底遺跡で初の発見
元寇沈没船の木板に「至元」元号 長崎・鷹島沖で初確認

元寇沈没船の木板に漢字の元号 海底遺跡で初めて確認される

鎌倉時代の「元寇(げんこう)」に関する貴重な手がかりが、新たに海底から浮かび上がった。長崎県松浦市の鷹島沖の海底遺跡で発見されていたモンゴル(元)軍の沈没船の木板に、漢字で元号などが書かれていることが確認された。同市教育委員会が2026年4月10日に発表したこの発見は、文献に記録された元寇の時期を実物で裏付ける初めての事例として、歴史的に極めて重要な意義を持つ。

「至元」の元号と数字の漢字が墨書で判明

今回の木板は、2024年度の調査で確認された3隻目の沈没船から回収されたものだ。保存処理と赤外線撮影による詳細な分析を進めた結果、木板の表面には元朝の元号「至元」と、「十二」もしくは「十三」を示す漢字が、墨で明確に書かれていることが明らかになった。これらの文字は、船の建造や使用時期に関する直接的な情報を提供するもので、考古学調査においては画期的な発見と言える。

鷹島沖での調査は1980年から継続 国史跡に指定

鷹島沖では1980年から断続的に海底遺跡の調査が続けられており、一部の海域は国史跡「鷹島神崎遺跡」に指定されている。これまでにも沈没船や武器、陶磁器など多くの遺物が発見されてきたが、船体から年号や文字が書かれた遺物が見つかるのは今回が初めてである。この発見により、元寇の具体的な年代や船団の構成に関する研究が大きく前進することが期待される。

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元寇は世界史上の重大事件 弘安の役で船団が沈没

元寇は、中国を支配した元軍が北部九州を襲った世界史上の重大事件で、「蒙古襲来」とも呼ばれる。1274年の文永の役と1281年の弘安の役の2度にわたって行われ、弘安の役では鷹島沖に集結した大船団が嵐に遭い、多くの船が沈没したと伝えられている。今回の木板は、まさにその弘安の役に関連する沈没船から発見された可能性が高い。

この発見は、単なる考古学的成果にとどまらず、日本と東アジアの歴史的関係を理解する上で重要なピースを提供するものだ。今後の調査では、木板の詳細な年代測定や、他の沈没船との比較分析が進められ、元寇の全貌解明にさらに貢献することが見込まれている。

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