異業種が続々参入する陸上養殖ブーム
陸地の人工環境で魚介類を育てる「陸上養殖」が、ここ数年で大きなブームとなっている。漁業権が不要で立地の自由度が高く、天候の影響が小さいため安定生産が見込める点が魅力だ。新規事業の開拓や地域経済の活性化、持続可能な漁業を目指し、化粧品メーカーから鉄道業界まで、異業種からの参入が相次いでいる。
化学品メーカーがエビ養殖に挑戦
化学品メーカーの三洋化成工業は、京都市内でバナメイエビの陸上養殖を研究している。稚エビを水温26~30度の水槽に入れると、3~4か月で20グラム程度の食用サイズに成長する。クルマエビと遜色ない味わいと評判で、スーパーでのテスト販売は好評だった。
同社が陸上養殖の研究に着手したのは2021年。複数のアミノ酸が結合した「ペプチド」をエサに加えた効果の検証などが目的だった。水を浄化しながら循環させるため、エサの食べ残しやフンで海が汚れる海面養殖よりも環境負荷が小さい点も特徴だ。担当者の上田真澄さん(38)は「エビの養殖にイノベーションを起こしたい」と意気込んでいる。
安定供給への期待と「天然もの信仰」の変化
世界の漁業・養殖業生産量に占める養殖の割合は5割を超えるが、日本では2割強にとどまっている。これまで日本では養殖よりも天然の魚が好まれ、陸上養殖への関心も高まらなかった背景がある。
水産研究・教育機構の生田和正理事は「日本はずっと『天然もの信仰』があったが、こうしたこだわりのない欧州などで陸上養殖が発達した」と解説する。気候変動による海水温の上昇で漁業に悪影響が出ていることや、養殖システムの技術開発が進んだことなどから、日本でも急速に関心が高まっている。
陸上養殖の3つの方式とそのメリット
陸上養殖には主に3種類の方式がある。
- 水槽の水を浄化しながら再利用する「閉鎖循環式」
- 古くなった水を新たな海水や地下水に入れ替える「かけ流し式」
- 両者の中間的な「半閉鎖循環式」
海面養殖と比べ、高品質な水産物を安定供給できる点や、しけや赤潮の影響を受けにくい点などが大きなメリットとなっている。
全国各地で広がるユニークな取り組み
水産庁によると、国内の陸上養殖業の届け出(1月1日現在)は前年比9.2%増の808件に上る。「海なし県」の奈良県では、天川村が2019年から廃校舎でトラフグを養殖し、村内の旅館向けに出荷している。
2022年にサーモンの養殖を始めた一般社団法人「障がい者によるSDGs」(北九州市)のように、障害者の雇用先確保を目指して陸上養殖に取り組むケースもある。
鉄道・エネルギー業界の積極的な参入
新規事業の開拓に懸命な鉄道業界やエネルギー業界の参入が特に目立っている。JR西日本では、子会社のJR西日本イノベーションズがマサバやトラフグを育てている。JR四国は2024年にサーモン養殖に参入した。
東海地方を地盤とする東邦ガスは、液化天然ガス(LNG)の気化で発生した「冷熱」を活用し、高水温に弱いサーモンを養殖する取り組みを進めている。
不動産会社が挑むアクアポニックス
不動産管理の穴吹ハウジングサービス(高松市)は昨年11月、陸上養殖を手がける新会社「あなぶきアクアポニックス」を設立した。この新会社が香川県さぬき市で、チョウザメの一種「コチョウザメ」を養殖している。
飼育水で植物の水耕栽培もする「アクアポニックス」に挑戦し、イチゴの栽培にも取り組んでいる。社長の香西秀紀さん(46)は「実績を出して事業を拡大すれば、雇用や地域産業を生み出せる。空き地や空き家を養殖施設に活用して街づくりにつなげたい」と語る。
コスト削減が今後の最大の課題
今後の最大の課題は、海面養殖よりも割高なコストの削減だ。建物や水槽、水を循環させるポンプなどの設備投資の負担が大きい。中でも閉鎖循環式の場合、水温調節や水の浄化などに多額の電気代がかかり、運営コストがかさむ傾向にある。
鳥取県でサーモンを養殖する鳥取林養魚場の林是道さん(43)は、閉鎖循環式の運営コストについて「一般的な例で半分がエサ代、さらにその半分が電気代のイメージ」と説明する。東京都内の陸上養殖システム事業者も「今はまだ、魚の販売価格が輸入品や海面養殖の2~3倍でないとペイしない」と現状を明かしている。
技術解説:閉鎖循環式とアクアポニックス
閉鎖循環式は、水を捨てずに循環させる養殖方法で、汚れた水を排出せず海や川を汚染しない点が特徴だ。閉鎖空間のため病原菌の侵入を防ぎやすく、高い商品価値が見込めるとして注目されている。1950~60年代の日本の研究が先駆けとされ、水族館にも研究成果が応用されている。
アクアポニックスは、水産養殖(アクアカルチャー)と水耕栽培(ハイドロポニックス)を組み合わせた造語。微生物の力で分解した魚の排せつ物を、植物の養分として活用する。養分の吸収により浄化された水を、再び水槽に戻す循環システムだ。塩分で植物が枯れるのを避けるため、淡水魚を養殖するケースが多い。



