日本人の耳には、ウグイスの鳴き声が「法、法華経(ホー、ホケキョ)」と聞こえる。ホトトギスなら「天辺かけたか(テッペンカケタカ)」である。しかし、米国生まれの日本文学者、ドナルド・キーン氏の耳には、別の言葉が響いていたようだ。
「わたしには〝ゲンコウカケタカ〟としか聞こえませんね」(『〆切本』左右社)。亡き温顔の文士も迫る期限には泣かされたようで、同情申し上げる。原稿に限らず、締め切りのない仕事は普通ならあり得ない。ところが同じ日本にも、悠長な時間の流れる空間があるようだ。
79年変わらぬ憲法
施行から79年の日本国憲法は、1字も変わっていない。改憲を巡る過去の議論にも、残り時間を意識した節は見られない。イラン情勢の混迷は深まり、中国が傍若無人に振る舞う東・南シナ海にも高波が立つ中、十年一日の景色には寒いものを覚える。
中露朝の反日的な専制国家がこちらをにらむ以上、事態急迫の「あす」はいつ来てもおかしくない。生前のキーン氏は憲法9条を「世界の宝」と評していた。戦後日本を縛り続けた〝平和憲法〟への、幻想だろう。悲しい眼鏡違いというほかない。
改憲への世論
日本が普通の国として立ち回るためにも、憲法改正は焦眉の急である。産経新聞社とFNNが4月に行った合同世論調査では、改憲への好意的な評価が目を引いた。例えば外国からの激しい攻撃や大規模災害などを想定した緊急事態条項の創設には、3人に2人が賛成している。
「時は来た」とは改憲に意欲満々の高市早苗首相だが、締め切りなき議論に終止符を打たなければ、実りある結論は期待し難い。国会議事堂にうるさいホトトギスを放つのは一案かもしれない。折に触れて、「(改正)ケンポウデキタカ」と鳴かせてみるか。



